関西学院高等部学友会 ARCHIVE

理科部

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理科部

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2023年度

部長
小畠祐樹
副部長
松田直樹

こんにちは.昨年度に引き続き、理科部の部長を務めさせていただく小畠祐樹です.昨年度には全国大会にも参加し、様々な経験を積んできました.今年度も部員一丸となって、昨年度以上に実りある一年となるように日々研鑽を重ねていくつもりです.そのために理科部がより良い部活となるよう頑張ります.未熟者ではございますが今後とも応援のほどお願いします.

2014年度

部長
仙田 晴紀
マネージャー
岡 拓也
生物分野
  • 主に、毎月1回行っているフィールドワークと、その調査のデータ分析を行っています。フィールドワークでは、投網とタモ網によって生物を採集し、種類・数・大きさの記録や、水質・水温の調査を行っています。
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化学分野
  • 現在研究しているテーマが、「混合溶液における結晶析出温度の変化」です。化学の教科書では、ある電解質の水溶液中に、その電解質を構成するイオンと同じ種類のイオンを生じる別の物質を加えると、元の電解質の溶解度や電離度が小さくなる現象(共通イオン効果)が紹介されています。また、共通のイオンが存在しない場合は元の電解質の溶解度が大きくなる(異種イオン効果)が知られています。この現象に興味を持ち、様々な実験研究を行っています。
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その他の分野

「鉄道模型(ジオラマ)制作」

  • 2013年の夏休みには、全国高校生鉄道模型コンテストに出展し、特別賞を受賞しました。
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「エコノミクス甲子園」

  • 第8回エコノミクス甲子園インターネット大会に出場し、優勝、全国大会への出場が決まりました。

2013年度

理科部は現在、主に三つのテーマで活動を行っている。一つ目は、毎月一度、武庫川で行っている定点調査で、生息する魚の時期による数や種類の変化や成長について調べている。二つ目は、ある水溶液に別の溶液を溶かしたとき、その溶液の溶解度が上がる現象の原因について研究している。三つ目は、全国高等学校鉄道模型コンテスト出展に向けて、宝塚大劇場周辺のジオラマを制作している。夏休み以降、鉄道模型コンテストや科学の祭典への出展、県総合文化祭での発表などを予定している。理科部にとって躍進の一年になるよう、一生懸命、活動に取り組みたい。

(K.G.H.REVIEW第41号より)

2012年度

我々理科部は、去年、部員ゼロの状態から再スタートし、現在は一、二年生の計八名で活動しています。活動の大きな特徴は、個人の興味のある研究ができることです。個人テーマは、レスキューロボットの製作、効率の良い風力発電の条件探索、魚の交配実験や透明骨格標本の作製など多岐にわたります。部全体の活動として武庫川の水生生物調査も行っています。

今年は、八月に「科学の祭典ひょうご」に出展して奨励賞をいただきました。十一月には高等部の文化祭、県総合文化祭自然科学部門にも出店する予定です。これからも、常に探究心を持ち、研究を続けて行きたいと思っています。

(K.G.H.REVIEW第39号より抜粋)

2011年度

部長
朝井悠介
副部長
吉川友貴
書記
朝井悠介
会計
吉川友貴
  • 文化祭展示部門で金賞を受賞
  • 現在6人で活動をしています

2007年度

以下約10名(一年生いません)

  • 文化祭で銀賞を受賞

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2006年度

  • 甲山の水たまりに棲む生物(モリアオガエル、サンショウウオなど)を1年間観察。

2005年度

  • 今年の文化祭では夏休みに合宿で行った四万十川についてのレポートといくつかの化学実験いついて展示しました。
  • 甲山にある池の観察が2005年度EWC西宮市長賞を受賞

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2004年度

我々理科部は、2年前に廃部状態だった「電波理科部」を改めて「理科部」という形で復活させました。

そして、初めは部活と認められるぎりぎりの人数でやってきましたが、今年、1年が5人新たに入ってくれたため2年が4人、1年が5人の計9人という、立派な部活としになることが出来ました。

また活動報告としては、今年の1年が率先して活動してくれて、仁川に生物調査に何度も行き、夏休みには四万十川に生物調査に行きました。

そして、文化祭では2年が化学系の展示、1年が生物系の展示といった風に分け、それぞれとてもいい文化祭に仕上げることが出来ました。

(マスタリー第25号p.301)

1995年度

  • 部員減少に伴い活動停止

1994年度

4/13 クラブ紹介。実は次の日のほうが文化部の紹介と思っていたので、ついこの日は病気気味なので休んでしまった。

4/29 六甲高校の文化祭に行った。

5/1 甲南女子高校の文化祭に行った。

5/3 灘高の文化祭に行った。

5/28 灘高の文化祭で知った「高校生のための阪大数学講座」へ初出席

6/中旬 3A兎田・3C中沢・北村の入部

6/18 阪大数学講座で知り合った森麻夫さんの学校、大教大平野高校の文化祭に行った。彼は今年の高等部文化祭でドラクエプログラムを提供してくれた人でもある。感謝。

7/16 阪大数学講座で教えてもらった「京大数学講座」へ初出席。これぞねずみ講?

7/21 灘高にて「関西私立高校文化交流会理系支部」(ASC)に初出席

9/23 午前は神戸女学院、午後は甲陽の文化祭に行った。文化祭荒しの称号を得る。

11/3 白衣に襷にウルトラクイズの帽子、セーラーマーキュリー人形をポケットに、大好評元素記号カルタ、数学パズル、ハノイの塔、缶コーヒーの糖度の研究、N88BASICドラクエ、マッキントッシュプログラム、ASCの岩永さん絶賛のバイキング型機関誌、鉄研の電子ブック「車椅子の押し方」のプログラミング、2Gクラス展に円グラフの作成指導などをやった。

今年の理科部は「なにやっとん」「部員おらんのやろ」「はよつぶれろ」という罵声 に耐えつつ、部員が一人という壊滅的状態でがんばって参りました。来年は、ASCと阪 神間の大掛かりな気候調査なども計画しており、ちょっとは実績を上げたいと思いま す。それを考えると、ぜんぜん人手が足りません。2・3年からでも遅くない。科学を 愛し世界を論理で埋め尽くすことに人生をかける人たちよ、来たれ理科部へ!

(マスタリー第17号p155-156より)

1993年度

理科部は、今年は何ら書き記すような実績をあげることは出来ませんでしたが、天体観測、原子力発電所見学合宿等を行い、その結果今年の文化祭では今年の文化祭では顧問である石橋晋先生の御指導のもと、去年よりも増してすばらしい展示が出来、沢山の人々に御来場頂くことができたように思っております。そして、このことはきっと来年の新理科部の大きな自信と誇りになることでしょう。

来年の理科部をどうか期待していて下さい。

(マスタリー第16号p329より)

1992年度

今年の理科部は文化祭において、毎年恒例のパソコン占いを中止したことで、ある意味で先駆者になったように思います。しかしながら部室を私物化し、妨害する1人の人間をを追い出すのにてこずり、活動が半年近く遅れてしまいましたが、部員3人(2年生2人、1年生1人)で文化祭において、あそこまでできたことをうれしく思うしだいであります。

さて、今年の文化祭ではレポート発表を中心とした展示を行い(具体的には「相対論」、「恐竜絶滅」、「ゴミ問題」など)、来年へ向けてよい教訓がえられました。

この1年、理科部は何ら表彰されることはありませんでした。けど、「理科部は何をしているんだ!」と言われることもありませんでした。来年へ向けて、まったくプレッシャーを感じずに活動できそうです。

(マスタリー第15号p196より)

1991年度

今年は、実質的な部員が3年生3人だけという、部にとって非常に切迫した状態から始まった。そのため、文化祭の準備は5月からという、異例とも言える早期スタートとなった。今年は雲仙普賢岳の噴火を中心に、「災害」を文化祭のメインテーマとした。その準備内容として、

5月中旬〜10月末

実験用に130分の1の高等部校舎模型を作成

7月中旬

京大を訪問し、研究室や地震発生器を見学。災害に関する資料などを見せてもらう。

8月中旬

雲仙普賢岳調査のために、九州の島原半島に向かう。

以上の行動を行った。

文化祭の展示内容は、実験展示として、前述した高等部後者の耐震実験に、溶岩ドームのモデル実験を行い、その過程をビデオ撮影し、上映した。また、去年も出展していた前滝君の雷おこしも、一部改良を加えて再度出展された。資料展示では、雲仙に関する新聞の切り抜き展示、現地で撮影した雲仙河口付近のパネル写真の展示を行った。どちらの展示もおおむね評判がよく、特に溶岩ドームの実験映像は、視覚的に予想以上の迫力を出すことに成功し、一番好評であった。また、毎年恒例のパソコン占いも行い、こちらもおおむね好評だった。

まあ、3人でよくここまで来たものだと思う。そのおかげかどうかはわからないが、文化祭では部長賞を受賞し、何とか有終の美を飾ることができた。

理科部は今年限りで文総預かりということになるが、来年以降、理科部を率いてくれる後輩諸君が出てきてくれることを祈る。

際顔に、顧問としてわれわれを支えてくださった稲津先生、福島先生に、最大の感謝をしつつ、この報告書の結びとしたい。

(マスタリー第14号p158より)

1990年度

我々理科部は今年大失態を演じてしまった。それは文化祭の展示内容に問題があった。最初は昨年の文化祭のようにテーマを絞ってやる方が、まとまっていていいと考え、テーマを考えることを課題とした。その中には、進化、エネルギー、環境問題などが挙げられたが、これらをテーマにした展示がうまくいくかどうかという不安で、テーマ探しは難航した。

しかし、理科部の夏合宿をテーマ研究のために行って来ているので、テーマを「エネルギーの歴史」として、そこから何か発展すればいいと思って、夏合宿を東京における科学博物館巡りを行い、文化祭への意欲を盛り上げようとした。ちなみに行った博物館は、科学技術館、国立科学博物館、航空博物館、電力館である。

そして、文化祭ではリニアモーターカー、自転車発電、落雷実験、歩行ロボット、コンピューターによる占いなどを展示した。しかし、文化祭前日までに完成したのはリニアモーターカーと自転車発電と落雷実験のみで、他はほとんど失敗に終わってしまった。

来年からは文化祭のテーマをマニュアル通りにやるのではなく、あっと驚くようなものを製作してくれることを切望する。

PS今年は昨年の文化祭「太陽系について」のようにはいかなかったなー。

(マスタリー第13号p159より)

1983年度

今年理科部は、文化祭のために、何年ぶりかに部報を発行した。その部報名は「春一番から朔風払葉まで」と、言うものであった。実際この名のとおり、活動は、春一番の吹くころ(二月下旬)から始まったといえるだろう。そして、文化祭が終り、朔風払葉のころ、三年は引退となった。(十一月下旬)

今年一年間の活動を振り返ってみると、まず新学期(四月)そうそう調子を狂わされた。それは期待していた一年生の新入部員が全くなかったことで、零細クラブにとって、危機的な状態である。しかし、ただ幸いなことに我が理科部にはある方向に長けている個性のある部員がそろっていて、この危機にその埋め合わせができたような気がする。

合宿、春も含めて計三回、その他山にも何度となく登った。この成果として、文化祭では、最優秀クラブ展示賞を獲得することができた。このことについては、部員の努力のたまものであり、一年生でありながら協力していただき、同室で展示した電波部の諸君に感謝したい。

現在、文化部はたいへんな不振に見舞われているが、来年も、今年と同様、部員全員が親密となって、この状態を立て直してもらいたい。支離滅裂な文ですが、これでおわり。

(マスタリー第6号p.180~181より)

1982年度

  • 部員減少に伴い生物部を中心に物理部・電波部・化学部が合併し、理科部となる。

//!創部当時の部長の言葉(マスタリー第5号p170~171より)

//ご存知のように、昨年(1981年)、生物部・科学部・物理部・電波部の理系四部は、部員数に於て問題をかかえたまま今年(1982年)度を迎えることとなり、うち三部は、事実上廃部をやむなくさせられ、クラブ組織としての活動は完全に停止しており、低迷していた理科部は(低迷というものでもないが・・・)以前横ばいが続いている。この事が軽視出来無いのは、理科部のみならず文化総部にとっても、弱点をつく運動総部からの圧力が必至であるに加えて、文総部員の壁になっていくれている安藤総部長への風あたりもいささか強かったのではないか。僕たちが理科部に託した夢や希望に反して、四月以降の活動は、未開の試みを机上にどっと積み上げたような、言わば手探りの試行錯誤がその大部分になった。決して普通とは言えない部員一人一人がその場その場のひらめきに将に手づかみであり、例年になく個人研究の自由と責任を意識した砲身の中で、或る時は無茶でもあり、或る時は幼稚ですらあった。行き過ぎではあったが、それは何かと文句の減らない部員はそれでも皆この部に活気を取り込もうと、大事小事に汗をかいた結果であろうし、又キャンプのミーティングでは、実際身の入った意見が聞かれた。

//「個人研究は確かに自由である。しかし『自由』と『好き好き』は混同されるべきでは無い。やりたいことだけをやる。これは個人を成り立たせても、クラブは成り立ちません。

//一年生はこう言い、又二年生の一人は次のように述べた。

//「二・三の文化部には良くも悪くも凄まじい評判があるが、そうした部は部としての義務を果たしているし規律が強い、又、規律を自ら保てるだけの内容が有ります。」

//やりたい事をやる、これは目標であって、手段には部員としての自覚が要求される。

//僕たちが今年(1982年)採った方針は、急進的であったが、決して机上の空論ではない。研究課題中心の学習会にしろ、一般科目の勉強会にしろ、今後の地通な積み重ねを期待しながら、ここでこの一年反省の多い活動ではあったが、少し振り返ってみることにする。

//文化祭だけが自分達の目標じゃないと繰り返し言ってきたし、各人が自分の研究テーマに持つ関心・愛着・興味というものは、各自省みてみる余地もあるが、団体研究を取り去って、個人研究のみ取り上げた本当の意味はそこにある。一日でも二日でも植物を採集したい、とにかく顕微鏡を覗きたい。もう理屈なしにコンピュータが好きなんだという気持ち、とにかくあれこれやってみるという事が、部活にわずかながら活かせただろう。そういう意味で、山歩き中心の合宿に全員前向きだった事には、積極的な意味が認められると思う(顧問の先生には本当にお疲れさまでした)。

//その合宿については、各分野が理科部内で班に分かれるため、合宿が必要不可欠な生物班と、部全体のための合宿(ここでも炎天下、山歩きをさせてもらった。物理班の諸君には感謝する)を個別に行ったが、コレには生物班にとって経済的な面で反省の余地がある。

//文化祭展示において、経費予算が心配されたが、これもいずれ大きな問題になってゆくだろう。(そうなることを願っている)

//◇

//文化祭展示を見て頂けただろうか。通例とは異った空気が感じられたと私は思う。それは一重に生物班や、特に物理班(情報処理研究班)の諸君の活躍によるものである。私は全く浮いてしまって、ただただ皆を見ているだけだったが、最後に、無力な部長を支えてくれたマネージャー笹置、常に部員を楽しませた三年岩本、しばしば強力な意見をだしてくれた二年生山本・林・田中、そして部に新しい空気を吹き込んだ一年生森・山上・西山、全員に深く感謝すると共に、頼もしい一、二年生には長い時間かけて作り上げた物を大切にして、地道な活動で理科部、文化総部を盛り上げてゆくことを期待する。

//部活のみならず、毎日のように多大なご心配ならびにご迷惑をおかけしました稲津先生、本当にありがとうございました。OBの方々と共に、いろいろご指導下さいました事を、いたらぬ部員一同、文末ながら心から感謝いたします。