電波部
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電波部
アマチュア無線の研究・運用をするクラブ。
1986年度
今年の電波部は、帰国生を含めて4人という少ない人数のため、すべての活動が制約された。そんな中での今年の大きな活動の一つにアマチュア無線の復活がある。七月に無線局の免許を取得し、八、九月のニケ月間に約60局と交信を行なった。中でも八月の奄美大島の局とのFMでの交信が印象に残っている(せっかく取得した免許なので、無線の免許を持っている人は是非電波部で無線運用を受け継いでもらいたい。
八月二十四日から二十七日の四日間、静岡県の伊豆高原で合宿を行なった。目的は、
+オーストラリアAM局と南米局の受信
+国内AM局モニター
+関東・東海地区のアマチュア無線との交信
以上の三つであったが、成果はいずれも不本意なものとなってしまった。
文化祭には間に合わないと言われながらも、必死の準備でなんとか展示と部報発行(14頁百部発行)は行なったが、なにぶん少人数のため、例年より不本意なものとなった。いろいろと悔いは残るが、充実した一年間であったと思う。一旦、電波部は閉鎖されるが、また不死鳥の如く起ることを期待している。
最後に、一年間お世話して下さった林先生、また協力して下さったたくさんの方々、本当にありがとうございました。(山田博司)
(マスタリー第9号p193より)
1982年度
- 部員減少に伴い生物部を中心に物理部・電波部・化学部が合併し、理科部となる。
1980年度
- ALL-JA CONTEST に参加。
1979年度
- ALL-JA CONTEST に参加。参加767局中92位
- 文化祭展示:電波をテレビ画面に映し出す装置(RTTY)の製作、アマチュア無線の公開実験など。
1978年度
- WPX-SSB CONTEST マルチオペレーター・オールバンド・マルチTX部門に参加
- ALL-JA CONTEST に参加。参加695局中81位
- 百カ国のアマチュア無線局との交信を達成しDXCC-100賞を獲得
- 文化祭でDXCC-100の交信地図、テレビゲーム、アマチュア無線を展示
1965年度
- アマチュア無線免許保持者が4名入部
- アンプ、トランシーバーなどを試作
- 戦艦、飛行機のラジコンを製作
1964年度
- 目標「我々のクラブから電波を出すこと」
1963年度
- テレビカメラ、五級受信機、光線銃を作成し文化祭で展示
